芸能人の労働者性

 専属マネジメント契約にかかる義務違反を原因として、芸能プロダクションがアイドルメンバーであった男性に対して違約金を支払うように求めた訴訟において、2023年4月21日、大阪地裁は、芸能プロダクションと芸能人であった男性の契約関係は実質的には労働契約であると判断し、労働者性を認めて、労働契約における違約金規定を禁じる労働基準法16条を適用し、芸能プロダクションの請求を棄却する判断を言い渡しました。すなわち、大阪地裁では、「事務所の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ業務内容について許諾の自由のないまま、定められた業務を提供しており、その労務に対する対象として給与の支払を受けており、事業者性も弱く、事務所への専従性の程度も強く、労働者性が認められる」との判断がなされました。

 通常、芸能プロダクションと芸能人との契約関係は、専属契約又はマネジメント契約という形態でなされ、その法的性質は準委任契約又は請負契約の形式をとることが多いです。しかしながら、その就業実態が労働者にあたると判断されるような場合には、芸能人であっても労働者性が認められ、労働基準法を始めとする労働法制の適用がなされることになります。労働者性の判断基準としては、労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(昭和60年12月19日、労働省)が用いられることが多いのですが、芸能人に関しては、労働省が発した昭和63年7月30日基収355号の通達(いわゆる「芸能タレント通達」とも「光GENJI通達」とも俗称される通達です)が特に参照されています(東京地判平成28年7月7日等)。すなわち、①指揮監督下の労働といえるかどうか、②報酬の労務対償性があるのかどうか、③事業者性があるのかどうか、④専属性はどの程度あるのか等の要素について、就業の実態に着目して個別具体的に検討されます。上記大阪地裁判決も上記昭和60年判断基準及び芸能タレント通達に基づいて個別判断がなされたものだと思われます。なお、制作・技術スタッフ等と映画会社や制作会社等との関係における労働者性については、上記昭和60年判断基準に加え、「建設業手間請け従事者及び芸能関係者に関する 労働基準法の『労働者』の判断基準について」(平成8年3月、厚生労働省)という判断基準が用いられることが多いです。

 上記芸能タレント通達が発出されてから、同通達に基づく紛争が激発したわけではありませんが、近年、芸能プロダクションと芸能人に関する法的関係について、独禁法、下請法の観点からも問題とされることが増えており、その中で労働法の観点からも検討されるようになってきております。上記大阪地裁判決もその一環と言えるでしょう。芸能プロダクションと芸能人をめぐる様々な問題が提起されており、芸能プロダクションとしては、今後、従来の業界慣行を前提とするのではなく、コンプライアンスを意識した態勢構築が喫緊の課題として浮上してきたように思います。
2023年4月28日

執筆者:弁護士 室谷 光一郎