芸名は誰のものか?

 アーティストや芸能人等の著名人が芸名を使用するということはよく見られます。そして、有名になれば、その当該芸名自体が顧客吸引力を有することから、一つのブランドとしての価値を有することになります。通常、アーティストや芸能人等は芸能プロダクションに所属していることが多く、当該芸能プロダクションと専属契約等の契約を締結しており、同契約の中に芸名の扱いも記載されていることが多いです。そして、芸名自体の有するブランド力に着目して、契約関係が終了した場合には、芸名を当該芸能プロダクションの許諾なしに使用することを禁止する条項が存在していることが多いです。そのため、アーティストや芸能人が当該芸能プロダクションから離れ、専属契約を終了するような場合、芸名使用を禁止するということもよく行われております。実際、加勢大周事件(東京地裁平成4年3月30日判決、東京高裁平成5年6月30日判決)では、芸能人による芸名使用禁止条項の有効性は認定され、芸名使用禁止を求める芸能プロダクション側の請求が認容されました。

 芸能プロダクションが芸名使用に関する権限を有することの根拠は、芸能プロダクションは、アーティストや芸能人等が無名の頃からその育成に投資を行っており、その投じた資本を回収するという目的自体は正当であり、また、芸名に関するブランドイメージをコントロールし、価値を維持し、権利関係の管理を行っているという役割を果たしているからであるということが一般的には考えられています。そして、加勢大周事件の裁判所の判断はその考え方に沿ったものと言えます。

愛内里菜事件からの考察

 ところが、令和4年12月8日、歌手の愛内里菜さんと芸能プロダクションが芸名使用に関する争った裁判(芸名使用差止請求訴訟)において、東京地裁は、芸名使用禁止条項が公序良俗に反し、無効との判断を行い、そして、芸名に関するパブリシティ権は愛内里菜さんに帰属するとの判断を行いました。ピンクレディ判決(最高裁平成24年12月2日判決)でパブリシティ権が人格権に由来している権利であると明言していることからしても芸名がアーティストや芸能人等に帰属するということは論理的に整合性を有していると言えると思います。また、昨今のアーティストや芸能人等と芸能プロダクションの関係を独禁法や労働法の観点から考察し、その非対称的関係にメスを入れようとする社会的流れにも本判決は整合していると言えると思います。ただ、上記しましたとおり、芸能プロダクションは、アーティストや芸能人等が無名の頃からその育成に投資してきたこと等の芸名に係る価値向上の一翼を担っているという貢献を有していることも紛れもない事実であり、その点をやや過小評価しているともいえる本判決の判断が高裁、最高裁でも維持されていくのか、注目されます。専属契約、芸名に関する実務に大きな影響を与える裁判になっていくと思われます。

2022年12月12日

執筆者:弁護士 室谷 光一郎