【後編】楽曲のカバー・アレンジを行う際の著作権処理と実務上の注意点について
第3章 権利処理の具体的な手続きと流れ
実際に楽曲をアレンジして利用したい場合、そのフローは、利用目的や改変の度合いによって異なりますが、基本的には以下のステップで進めます。
【ステップ1】権利情報の確認
まず、利用したい楽曲の権利情報を正確に把握することが全ての出発点となります。日本音楽著作権協会(JASRAC)やNexToneといった著作権管理事業者のウェブサイトで、作品データベース(JASRACのJ-WIDなど)を検索し、その楽曲が管理されているか、誰が著作権者(音楽出版社など)なのかを確認します。
【ステップ2】権利者への許諾申請
次に、特定した権利者に対して利用許諾を申請します。ここで重要なのは、「誰に」「何の」許諾を得るかです。
●アレンジ(翻案)の許諾
楽曲のアレンジは「翻案権」に関わるため、著作権管理事業者への手続きだけでは不十分です。翻案権はJASRACなどの管理対象外であることが多いため、楽曲の著作権を管理している音楽出版社などに対し、直接「翻案許諾」を申請する必要があります。
●著作者人格権に関する許諾
著作者人格権(特に同一性保持権)の侵害とならないよう、著作者(作詞家・作曲家)本人、またはその窓口となっている音楽出版社を通じて、改変に関する同意を得る必要があります。
●海外楽曲の場合
海外の楽曲を日本で利用する場合も、ベルヌ条約により日本の著作権法が適用されるため、基本的には同様の手続きが必要です。ただし、映像のBGMとして利用する際の「シンクロ権」や、海外配信時の現地法(米国のMLCなど)への対応が別途必要になる場合があります。
●著作権者不明の場合
調査を尽くしても著作権者が不明な場合は、文化庁の「著作権者不明等の場合の裁定制度」を利用できる可能性があります。ただし、そのためには権利者を探すための「相当な努力」を払ったことを証明する必要があります。
【ステップ3】契約の締結
許諾が得られたら、契約を締結します。契約書では、利用媒体、地域、期間、許諾される改変の範囲、クレジット表示のルールなどを明確に定めておくことが、後のトラブルを避けるために極めて重要です。
特に、著作権の譲渡を受ける契約では、著作権法第61条第2項の規定により、翻案権(第27条)や二次的著作物の利用権(第28条)を譲渡対象として具体的に明記(特掲)しない限り、これらの権利は譲渡者に留保されたものと推定される点に注意が必要です。
【補足】YouTube・TikTok等での利用について
YouTubeやTikTokなどのプラットフォームは、JASRAC等と包括契約を締結しており、これにより個人の利用者は一定の範囲で楽曲を使いやすくなっています。しかし、この包括契約が全ての利用をカバーするわけではないため、注意が必要です。
●包括契約で許諾される範囲(原則、個別の手続き不要)
JASRAC等が管理する楽曲を、原曲に忠実に演奏・歌唱した「カバー」動画をアップロードする場合。この場合、演奏権や公衆送信権といった権利が包括契約によって処理されます。
●包括契約の対象外(別途、個別の許諾が必須)となるケース
・アレンジ(翻案)
歌詞の変更、替え歌、メロディの大幅な変更など、原曲を「翻案」した場合は、包括契約の対象外です。著作権者から直接、翻案権の許諾を得る必要があります。
・CDなどの音源(原盤)の利用
CDや配信サービスの音源をそのままBGMとして動画に使用する行為は、著作隣接権(原盤権)の侵害にあたるため、別途レコード会社などからの許諾が必要です。
・管理楽曲以外の利用
JASRAC等が管理していない楽曲は、当然ながら包括契約の対象外です。
・広告目的での利用
動画の内容が特定の企業・商品・サービスを宣伝・プロモーションするものである場合、たとえカバー演奏であっても包括契約の範囲外となります。この場合は、事前にJASRACへ「広告目的複製」の手続きを行い、権利者が指定した使用料(指し値)を支払うなどの対応が別途必要です。
YouTubeなどの動画投稿(共有)サービスでの音楽利用【JASRAC】
第4章 実務上の注意点
最後に、権利処理を進める上での実務的な注意点をいくつか挙げます。
●法人利用・営利目的での利用における厳格性
法人が事業として、特に広告(CM)などで楽曲を利用する場合、適切な権利処理は事業遂行上の絶対的な要件となります。
著作権法には、権利者の許諾が不要となる例外として「私的使用」(第30条)が定められています。これは「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」での利用を認めるものですが、企業の事業活動は、広告はもちろん社内利用であってもこの例外には一切該当しません。
そのため、法人が無許諾で楽曲を利用する行為は著作権侵害に直結し、損害賠償や差止請求、さらには社会的信用の失墜といった重大な経営リスクを招きます。
●「軽微な変更」の曖昧さと著作者へのリスペクト
どの程度の変更が「軽微」として許容されるかについては、法律に明確な基準はありません。そのため、法的な侵害にあたるか否かという判断軸だけでなく、著作者へのリスペクトという観点が極めて重要になります。
最近の象徴的な事例として、2025年8月に放送されたアニメ『ダンダダン』(第18話)の劇中曲「Hunting Soul」をめぐる一件が挙げられます。放送後、X JAPANのリーダーであり、代表曲『紅』の作曲者であるYOSHIKI氏が、自身のSNSで当該楽曲と『紅』との類似性を指摘し、「著作権侵害の可能性がある」と言及したことで、大きな注目を集めました。
法的に、ごく短いリズムパターンやフレーズ単独の著作物性が認められるかはケースバイケースであり、議論の余地があります。しかし、この事例の核心は、法的な侵害ラインを越えているか否かだけではありません。たとえ部分的な利用やオマージュの意図であったとしても、それが著作者にとって作品の根幹をなすアイデンティティであり、意図しない形で使われることが、作品への思い入れを保護する同一性保持権の観点から問題となりうること、そして何より著作者の感情を害しうることを示しています。
楽曲を利用する際は、単なる法的手続きとしてだけでなく、作品とそれを生み出したクリエイターへの敬意を払い、事前に許諾を得るというコミュニケーションを徹底することが、トラブルを未然に防ぐ最も確実な道です。
●著作権消滅後も注意が必要
楽曲の著作権(財産権)の保護期間が満了し、パブリックドメインになったとしても、著作者人格権は著作者の死後も一定期間保護されます。著作権法第60条は、著作者が亡くなった後でも、生きていれば著作者人格権の侵害となるような行為(例:意に反する改変など)を禁じています。
●100%クリアランスの原則
楽曲が複数の権利者によって共有されている場合、原則として関係者全員から許諾を得る必要があります。
●手続きには時間がかかる
権利者への問い合わせから許諾を得るまでには、数週間から数ヶ月を要することも珍しくありません 。特に海外の権利者が関わる場合はさらに時間がかかる可能性があるため、企画の初期段階で権利処理に着手することが肝心です。
第5章 まとめ
楽曲のカバーやアレンジは、クリエイティビティを発揮する素晴らしい表現活動ですが、その裏には複雑な権利関係が存在します。忠実な再現である「カバー」と、改変を伴う「アレンジ(翻案)」とでは、必要な手続きが大きく異なります。
特にアレンジを行う場合は、JASRAC等への申請だけでは不十分で、著作権者(音楽出版社)が持つ「翻案権」と、著作者(作詞家・作曲家)が持つ「著作者人格権」の両方について、個別に許諾を得ることが不可欠です。また、オリジナル音源を利用するサンプリングでは、さらに「著作隣接権(原盤権)」の処理も必要となります。
これらの権利処理を怠れば、法的なリスクを負うだけでなく、尊敬するアーティストやクリエイターたちの権利を侵害してしまうことにも繋がりかねません。トラブルを未然に防ぎ、安心して創作活動に打ち込むためにも、本稿で解説した法的な知識を基に、一つ一つのステップを慎重に、そして誠実に踏んでいくことが何よりも重要です。
実際に楽曲をアレンジして利用したい場合、そのフローは、利用目的や改変の度合いによって異なりますが、基本的には以下のステップで進めます。
【ステップ1】権利情報の確認
まず、利用したい楽曲の権利情報を正確に把握することが全ての出発点となります。日本音楽著作権協会(JASRAC)やNexToneといった著作権管理事業者のウェブサイトで、作品データベース(JASRACのJ-WIDなど)を検索し、その楽曲が管理されているか、誰が著作権者(音楽出版社など)なのかを確認します。
【ステップ2】権利者への許諾申請
次に、特定した権利者に対して利用許諾を申請します。ここで重要なのは、「誰に」「何の」許諾を得るかです。
●アレンジ(翻案)の許諾
楽曲のアレンジは「翻案権」に関わるため、著作権管理事業者への手続きだけでは不十分です。翻案権はJASRACなどの管理対象外であることが多いため、楽曲の著作権を管理している音楽出版社などに対し、直接「翻案許諾」を申請する必要があります。
●著作者人格権に関する許諾
著作者人格権(特に同一性保持権)の侵害とならないよう、著作者(作詞家・作曲家)本人、またはその窓口となっている音楽出版社を通じて、改変に関する同意を得る必要があります。
●海外楽曲の場合
海外の楽曲を日本で利用する場合も、ベルヌ条約により日本の著作権法が適用されるため、基本的には同様の手続きが必要です。ただし、映像のBGMとして利用する際の「シンクロ権」や、海外配信時の現地法(米国のMLCなど)への対応が別途必要になる場合があります。
●著作権者不明の場合
調査を尽くしても著作権者が不明な場合は、文化庁の「著作権者不明等の場合の裁定制度」を利用できる可能性があります。ただし、そのためには権利者を探すための「相当な努力」を払ったことを証明する必要があります。
【ステップ3】契約の締結
許諾が得られたら、契約を締結します。契約書では、利用媒体、地域、期間、許諾される改変の範囲、クレジット表示のルールなどを明確に定めておくことが、後のトラブルを避けるために極めて重要です。
特に、著作権の譲渡を受ける契約では、著作権法第61条第2項の規定により、翻案権(第27条)や二次的著作物の利用権(第28条)を譲渡対象として具体的に明記(特掲)しない限り、これらの権利は譲渡者に留保されたものと推定される点に注意が必要です。
【補足】YouTube・TikTok等での利用について
YouTubeやTikTokなどのプラットフォームは、JASRAC等と包括契約を締結しており、これにより個人の利用者は一定の範囲で楽曲を使いやすくなっています。しかし、この包括契約が全ての利用をカバーするわけではないため、注意が必要です。
●包括契約で許諾される範囲(原則、個別の手続き不要)
JASRAC等が管理する楽曲を、原曲に忠実に演奏・歌唱した「カバー」動画をアップロードする場合。この場合、演奏権や公衆送信権といった権利が包括契約によって処理されます。
●包括契約の対象外(別途、個別の許諾が必須)となるケース
・アレンジ(翻案)
歌詞の変更、替え歌、メロディの大幅な変更など、原曲を「翻案」した場合は、包括契約の対象外です。著作権者から直接、翻案権の許諾を得る必要があります。
・CDなどの音源(原盤)の利用
CDや配信サービスの音源をそのままBGMとして動画に使用する行為は、著作隣接権(原盤権)の侵害にあたるため、別途レコード会社などからの許諾が必要です。
・管理楽曲以外の利用
JASRAC等が管理していない楽曲は、当然ながら包括契約の対象外です。
・広告目的での利用
動画の内容が特定の企業・商品・サービスを宣伝・プロモーションするものである場合、たとえカバー演奏であっても包括契約の範囲外となります。この場合は、事前にJASRACへ「広告目的複製」の手続きを行い、権利者が指定した使用料(指し値)を支払うなどの対応が別途必要です。
YouTubeなどの動画投稿(共有)サービスでの音楽利用【JASRAC】
第4章 実務上の注意点
最後に、権利処理を進める上での実務的な注意点をいくつか挙げます。
●法人利用・営利目的での利用における厳格性
法人が事業として、特に広告(CM)などで楽曲を利用する場合、適切な権利処理は事業遂行上の絶対的な要件となります。
著作権法には、権利者の許諾が不要となる例外として「私的使用」(第30条)が定められています。これは「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」での利用を認めるものですが、企業の事業活動は、広告はもちろん社内利用であってもこの例外には一切該当しません。
そのため、法人が無許諾で楽曲を利用する行為は著作権侵害に直結し、損害賠償や差止請求、さらには社会的信用の失墜といった重大な経営リスクを招きます。
●「軽微な変更」の曖昧さと著作者へのリスペクト
どの程度の変更が「軽微」として許容されるかについては、法律に明確な基準はありません。そのため、法的な侵害にあたるか否かという判断軸だけでなく、著作者へのリスペクトという観点が極めて重要になります。
最近の象徴的な事例として、2025年8月に放送されたアニメ『ダンダダン』(第18話)の劇中曲「Hunting Soul」をめぐる一件が挙げられます。放送後、X JAPANのリーダーであり、代表曲『紅』の作曲者であるYOSHIKI氏が、自身のSNSで当該楽曲と『紅』との類似性を指摘し、「著作権侵害の可能性がある」と言及したことで、大きな注目を集めました。
法的に、ごく短いリズムパターンやフレーズ単独の著作物性が認められるかはケースバイケースであり、議論の余地があります。しかし、この事例の核心は、法的な侵害ラインを越えているか否かだけではありません。たとえ部分的な利用やオマージュの意図であったとしても、それが著作者にとって作品の根幹をなすアイデンティティであり、意図しない形で使われることが、作品への思い入れを保護する同一性保持権の観点から問題となりうること、そして何より著作者の感情を害しうることを示しています。
楽曲を利用する際は、単なる法的手続きとしてだけでなく、作品とそれを生み出したクリエイターへの敬意を払い、事前に許諾を得るというコミュニケーションを徹底することが、トラブルを未然に防ぐ最も確実な道です。
●著作権消滅後も注意が必要
楽曲の著作権(財産権)の保護期間が満了し、パブリックドメインになったとしても、著作者人格権は著作者の死後も一定期間保護されます。著作権法第60条は、著作者が亡くなった後でも、生きていれば著作者人格権の侵害となるような行為(例:意に反する改変など)を禁じています。
●100%クリアランスの原則
楽曲が複数の権利者によって共有されている場合、原則として関係者全員から許諾を得る必要があります。
●手続きには時間がかかる
権利者への問い合わせから許諾を得るまでには、数週間から数ヶ月を要することも珍しくありません 。特に海外の権利者が関わる場合はさらに時間がかかる可能性があるため、企画の初期段階で権利処理に着手することが肝心です。
第5章 まとめ
楽曲のカバーやアレンジは、クリエイティビティを発揮する素晴らしい表現活動ですが、その裏には複雑な権利関係が存在します。忠実な再現である「カバー」と、改変を伴う「アレンジ(翻案)」とでは、必要な手続きが大きく異なります。
特にアレンジを行う場合は、JASRAC等への申請だけでは不十分で、著作権者(音楽出版社)が持つ「翻案権」と、著作者(作詞家・作曲家)が持つ「著作者人格権」の両方について、個別に許諾を得ることが不可欠です。また、オリジナル音源を利用するサンプリングでは、さらに「著作隣接権(原盤権)」の処理も必要となります。
これらの権利処理を怠れば、法的なリスクを負うだけでなく、尊敬するアーティストやクリエイターたちの権利を侵害してしまうことにも繋がりかねません。トラブルを未然に防ぎ、安心して創作活動に打ち込むためにも、本稿で解説した法的な知識を基に、一つ一つのステップを慎重に、そして誠実に踏んでいくことが何よりも重要です。