未管理著作物裁定制度の施行と新MINCの役割
1 はじめに
「過去の名曲を使いたいが、権利者の連絡先が分からない」「SNSで見つけた楽曲を利用したいが、問い合わせに返信がない」。こうした理由で、価値ある音楽が活用されない「眠れる資産」となってしまうケースが後を絶ちません。これは、文化とビジネス双方にとって大きな損失となります。
この構造的な課題を解決すべく、2026年4月1日に「未管理著作物裁定制度」が施行されます。これは、権利者と連絡が取れない著作物の円滑な利用を目指すものです。
本コラムでは、「未管理著作物裁定制度」の仕組みや実務上のポイントを解説するとともに、この新制度を支える権利情報プラットフォーム「新MINC」の役割についても触れていきます。
2 音楽権利情報プラットフォーム「新MINC」誕生の経緯
2021年4月、音楽権利情報の一元化を図るべく、一般社団法人音楽情報プラットフォーム協議会(新MINC)が設立されました。
その源流は、1993年に文化庁が提言した「J-CIS(Japan Copyright Information Service)」構想に遡ります。デジタル化の波を予見し、著作権情報をワンストップで処理できる窓口の必要性を説いたこの構想を受け、1999年にはJASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)、RIAJ(一般社団法人日本レコード協会)、芸団協(公益社団法人日本芸能実演家団体協議会)が中心となり任意団体「ミュージック・ジェイシス協議会」(通称:旧MINC)が設立され、ポータルサイト「Music Forest」が運営されました。
しかしながら、そのデータベースは主にメジャーレーベルから発表されたCD情報が中心で、インディーズ作品や、インターネットの普及と共に急増したネットクリエイター(ボカロPなど)の楽曲情報が網羅されていないという構造的限界がありました。
この情報の穴を埋めるべく、2017年度から3年間、文化庁が主導する実証事業が行われました。この事業により、インディーズ等を含む約917万曲もの情報を網羅する基本データベースと、その検索サイト「音楽権利情報検索ナビ」のプロトタイプが構築されました。
そして2021年、旧MINCはこの実証事業の成果をすべて継承する形で発展的に解散し、強固なガバナンスと財政基盤を持つ一般社団法人「新MINC」として、官民連携の成功モデルとして新たにスタートしました。
3 新MINCの概要と今後の取り組み
(1)新MINCのインフラとしての役割
新MINCは単なる検索サイトではなく、日本の音楽エコシステムを支える権利情報流通のハブとしての役割を担っています。
その中核事業は、データベース検索サイト「音楽権利情報検索ナビ」の運営です。その特徴は、以下のとおりです。
■圧倒的な情報量
設立時の約992万曲から拡充を続け、2025年4月時点で1363万曲を超える権利情報を公開しています。
■網羅性の追求
メジャー系CDに加え、情報の散逸が課題だったインディーズ、ネットクリエイター、配信限定音源の収集も進めています。
■精度の高いデータ統合
音源(レコード)を識別する「ISRC(国際標準レコーディングコード)」、楽曲(著作物)を識別する「作品コード(JASRACコードやNexToneコードなど)」、実演家を識別する「アーティストコード(CPRAコードやJASRACアーティストコードなど)」を正確に紐付け、ワンストップで権利関係を確認できる環境を提供しています。
(2)今後の取り組み
後述する「未管理著作物裁定制度」の運用において、利用者が権利者を探索した努力を証明するための信頼できるデータベースとして、新MINCの役割は不可欠なものです。文化庁の「分野横断権利情報検索システム」とのデータ連携も期待されています。
この「分野横断権利情報検索システム」とは、文化庁が中心となって構築を進めている、音楽、書籍、映像といった分野の垣根を越えて権利者情報を検索できるポータルサイトです。2026年4月の「未管理著作物裁定制度」の施行に合わせて運用が開始される予定で、新裁定制度の申請要件である「権利者探索の努力」を証明する上で中心的な役割を担うと同時に、利用者が適切な権利情報窓口(音楽であれば新MINC)へ辿り着くための案内役としても機能することが見込まれています。
4 「未管理著作物裁定制度」について
2023年の著作権法改正(2023年5月26日公布・法律第33号)により創設された「未管理著作物裁定制度」が、2026年4月1日からスタートします。この新制度は、音楽業界の実務に大きな影響を与えることが予想されます。
【文化庁】広報資料:「未管理著作物裁定制度ってなに?」
(1)新制度の必要性
現行の裁定制度(著作権法第67条)は、権利者の「所在が」不明な場合にしか利用できませんでした。しかしながら、デジタル時代に頻発する「連絡先は分かるが応答がない」ケースは対象外となり、権利処理が行き詰まる原因でした。
新制度は、この課題を解決すべく、焦点を「権利者が見つからない」から「権利者の利用に関する意思が確認できない」ことへ大きく転換させた点が画期的なものといえます。
(2)新旧制度の比較
新現行制度(第67条)との主な違いは、以下の4点です。
① 対象範囲の拡大
現行制度の「所在不明」な著作物に加え、集中管理されておらず、連絡先が判明していても14日間応答がないケースも新たに対象となりました。
② 申請プロセスの官民連携
文化庁への直接申請から、専門知識を持つ民間の「登録確認機関」が窓口となることで、手続きの迅速化を図ります。
③ 利用期間の時限化
現行制度の上限なしに対し、新制度は1回最長3年(更新可)と定められました。これにより、権利者発見後の当事者間交渉への移行を促します。
④ 権利者保護の強化
現行の補償金請求権に加え、利用の停止を請求する権利も与えられ、権利者保護とのバランスが図られました。
(3)【利用者向け】戦略的活用のポイント
レコード会社、映像制作会社、広告代理店など、音楽を利用する立場の皆様にとっては、ビジネスチャンスを大きく広げる可能性があります。
■コスト・時間効率の向上
権利者との交渉が不要、または長期化・頓挫するリスクを回避でき、コンテンツ制作やライセンス業務にかかる費用と時間を大幅に削減できます。
■新たなビジネスモデルの創出
絶版になったCDの復刻、過去のライブ映像を利用したドキュメンタリー制作、SNS上のユーザー投稿動画の広告活用など、これまで権利処理が困難で活用できなかったコンテンツを蘇らせる道が開かれます。
■法的リスクの低減
文化庁長官の裁定という公的なお墨付きを得ることで、著作権侵害のリスクを大幅に軽減し、安心して事業に集中できます。
ただし、裁定を得るには、権利者の意思を確認するために「十分な努力を尽くしたこと」を客観的な証拠をもって示す必要があります。その際、新MINCの「音楽権利情報検索ナビ」や文化庁の「分野横断権利情報検索システム」で検索をかけたという事実が、その立証において重要な証拠となってきます。
(4)【権利者向け】自らの権利を守るための知識
作詞家、作曲家、アーティスト、音楽出版社の皆様にとっては、「自分の作品が知らないうちに勝手に使われるのではないか」という懸念があるかもしれませんが、新制度は権利者の利益を守るための保護措置も設けています。
■簡単な応答の力
利用許諾の問い合わせを受けてから14日以内に、「検討するので待ってほしい」といった趣旨の返信をするだけで、法的に裁定手続きは進行しません。これが自身の権利を守る最も簡単かつ強力な手段です。
■事後的なコントロール権
裁定が下りた後でも、権利者は文化庁に請求することで、裁定の取消や利用の停止を求めることができます。もちろん、それまでの利用期間に応じた補償金も全額受け取れます。
そして、権利者において最も重要なのは、未管理状態を回避するという対策を講じておくことです。
■意思の明確化
ウェブサイトやSNSのプロフィール等に、「無断転載禁止」や対応可能な連絡先といった利用ルールを明記することが極めて有効です。
■権利情報の登録
新MINCへ作品情報を正確に登録することは、権利情報を社会に明示する有効な手段です。これにより意図しない裁定を防ぎ、新たなライセンス機会の創出にも繋がります。
この新制度は、クリエイターに対して、デジタル空間における新たな応答責任を課しているともいえます。自身の知的財産と向き合い、最低限の権利管理を行うことが、これまで以上に重要になってくるものと考えられます。
5 まとめ
新MINCの権利情報基盤と未管理著作物裁定制度は、著作物の円滑な利用と権利者保護を両立させる、いわば車の両輪となるものであり、この変革期において、音楽業界は変化を正しく理解し、主体的に行動することが求められているものといえます。
「過去の名曲を使いたいが、権利者の連絡先が分からない」「SNSで見つけた楽曲を利用したいが、問い合わせに返信がない」。こうした理由で、価値ある音楽が活用されない「眠れる資産」となってしまうケースが後を絶ちません。これは、文化とビジネス双方にとって大きな損失となります。
この構造的な課題を解決すべく、2026年4月1日に「未管理著作物裁定制度」が施行されます。これは、権利者と連絡が取れない著作物の円滑な利用を目指すものです。
本コラムでは、「未管理著作物裁定制度」の仕組みや実務上のポイントを解説するとともに、この新制度を支える権利情報プラットフォーム「新MINC」の役割についても触れていきます。
2 音楽権利情報プラットフォーム「新MINC」誕生の経緯
2021年4月、音楽権利情報の一元化を図るべく、一般社団法人音楽情報プラットフォーム協議会(新MINC)が設立されました。
その源流は、1993年に文化庁が提言した「J-CIS(Japan Copyright Information Service)」構想に遡ります。デジタル化の波を予見し、著作権情報をワンストップで処理できる窓口の必要性を説いたこの構想を受け、1999年にはJASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)、RIAJ(一般社団法人日本レコード協会)、芸団協(公益社団法人日本芸能実演家団体協議会)が中心となり任意団体「ミュージック・ジェイシス協議会」(通称:旧MINC)が設立され、ポータルサイト「Music Forest」が運営されました。
しかしながら、そのデータベースは主にメジャーレーベルから発表されたCD情報が中心で、インディーズ作品や、インターネットの普及と共に急増したネットクリエイター(ボカロPなど)の楽曲情報が網羅されていないという構造的限界がありました。
この情報の穴を埋めるべく、2017年度から3年間、文化庁が主導する実証事業が行われました。この事業により、インディーズ等を含む約917万曲もの情報を網羅する基本データベースと、その検索サイト「音楽権利情報検索ナビ」のプロトタイプが構築されました。
そして2021年、旧MINCはこの実証事業の成果をすべて継承する形で発展的に解散し、強固なガバナンスと財政基盤を持つ一般社団法人「新MINC」として、官民連携の成功モデルとして新たにスタートしました。
3 新MINCの概要と今後の取り組み
(1)新MINCのインフラとしての役割
新MINCは単なる検索サイトではなく、日本の音楽エコシステムを支える権利情報流通のハブとしての役割を担っています。
その中核事業は、データベース検索サイト「音楽権利情報検索ナビ」の運営です。その特徴は、以下のとおりです。
■圧倒的な情報量
設立時の約992万曲から拡充を続け、2025年4月時点で1363万曲を超える権利情報を公開しています。
■網羅性の追求
メジャー系CDに加え、情報の散逸が課題だったインディーズ、ネットクリエイター、配信限定音源の収集も進めています。
■精度の高いデータ統合
音源(レコード)を識別する「ISRC(国際標準レコーディングコード)」、楽曲(著作物)を識別する「作品コード(JASRACコードやNexToneコードなど)」、実演家を識別する「アーティストコード(CPRAコードやJASRACアーティストコードなど)」を正確に紐付け、ワンストップで権利関係を確認できる環境を提供しています。
(2)今後の取り組み
後述する「未管理著作物裁定制度」の運用において、利用者が権利者を探索した努力を証明するための信頼できるデータベースとして、新MINCの役割は不可欠なものです。文化庁の「分野横断権利情報検索システム」とのデータ連携も期待されています。
この「分野横断権利情報検索システム」とは、文化庁が中心となって構築を進めている、音楽、書籍、映像といった分野の垣根を越えて権利者情報を検索できるポータルサイトです。2026年4月の「未管理著作物裁定制度」の施行に合わせて運用が開始される予定で、新裁定制度の申請要件である「権利者探索の努力」を証明する上で中心的な役割を担うと同時に、利用者が適切な権利情報窓口(音楽であれば新MINC)へ辿り着くための案内役としても機能することが見込まれています。
4 「未管理著作物裁定制度」について
2023年の著作権法改正(2023年5月26日公布・法律第33号)により創設された「未管理著作物裁定制度」が、2026年4月1日からスタートします。この新制度は、音楽業界の実務に大きな影響を与えることが予想されます。
【文化庁】広報資料:「未管理著作物裁定制度ってなに?」
(1)新制度の必要性
現行の裁定制度(著作権法第67条)は、権利者の「所在が」不明な場合にしか利用できませんでした。しかしながら、デジタル時代に頻発する「連絡先は分かるが応答がない」ケースは対象外となり、権利処理が行き詰まる原因でした。
新制度は、この課題を解決すべく、焦点を「権利者が見つからない」から「権利者の利用に関する意思が確認できない」ことへ大きく転換させた点が画期的なものといえます。
(2)新旧制度の比較
新現行制度(第67条)との主な違いは、以下の4点です。
① 対象範囲の拡大
現行制度の「所在不明」な著作物に加え、集中管理されておらず、連絡先が判明していても14日間応答がないケースも新たに対象となりました。
② 申請プロセスの官民連携
文化庁への直接申請から、専門知識を持つ民間の「登録確認機関」が窓口となることで、手続きの迅速化を図ります。
③ 利用期間の時限化
現行制度の上限なしに対し、新制度は1回最長3年(更新可)と定められました。これにより、権利者発見後の当事者間交渉への移行を促します。
④ 権利者保護の強化
現行の補償金請求権に加え、利用の停止を請求する権利も与えられ、権利者保護とのバランスが図られました。
(3)【利用者向け】戦略的活用のポイント
レコード会社、映像制作会社、広告代理店など、音楽を利用する立場の皆様にとっては、ビジネスチャンスを大きく広げる可能性があります。
■コスト・時間効率の向上
権利者との交渉が不要、または長期化・頓挫するリスクを回避でき、コンテンツ制作やライセンス業務にかかる費用と時間を大幅に削減できます。
■新たなビジネスモデルの創出
絶版になったCDの復刻、過去のライブ映像を利用したドキュメンタリー制作、SNS上のユーザー投稿動画の広告活用など、これまで権利処理が困難で活用できなかったコンテンツを蘇らせる道が開かれます。
■法的リスクの低減
文化庁長官の裁定という公的なお墨付きを得ることで、著作権侵害のリスクを大幅に軽減し、安心して事業に集中できます。
ただし、裁定を得るには、権利者の意思を確認するために「十分な努力を尽くしたこと」を客観的な証拠をもって示す必要があります。その際、新MINCの「音楽権利情報検索ナビ」や文化庁の「分野横断権利情報検索システム」で検索をかけたという事実が、その立証において重要な証拠となってきます。
(4)【権利者向け】自らの権利を守るための知識
作詞家、作曲家、アーティスト、音楽出版社の皆様にとっては、「自分の作品が知らないうちに勝手に使われるのではないか」という懸念があるかもしれませんが、新制度は権利者の利益を守るための保護措置も設けています。
■簡単な応答の力
利用許諾の問い合わせを受けてから14日以内に、「検討するので待ってほしい」といった趣旨の返信をするだけで、法的に裁定手続きは進行しません。これが自身の権利を守る最も簡単かつ強力な手段です。
■事後的なコントロール権
裁定が下りた後でも、権利者は文化庁に請求することで、裁定の取消や利用の停止を求めることができます。もちろん、それまでの利用期間に応じた補償金も全額受け取れます。
そして、権利者において最も重要なのは、未管理状態を回避するという対策を講じておくことです。
■意思の明確化
ウェブサイトやSNSのプロフィール等に、「無断転載禁止」や対応可能な連絡先といった利用ルールを明記することが極めて有効です。
■権利情報の登録
新MINCへ作品情報を正確に登録することは、権利情報を社会に明示する有効な手段です。これにより意図しない裁定を防ぎ、新たなライセンス機会の創出にも繋がります。
この新制度は、クリエイターに対して、デジタル空間における新たな応答責任を課しているともいえます。自身の知的財産と向き合い、最低限の権利管理を行うことが、これまで以上に重要になってくるものと考えられます。
5 まとめ
新MINCの権利情報基盤と未管理著作物裁定制度は、著作物の円滑な利用と権利者保護を両立させる、いわば車の両輪となるものであり、この変革期において、音楽業界は変化を正しく理解し、主体的に行動することが求められているものといえます。
執筆者:弁護士 室谷 光一郎