メディア業界と「労働者性」について

 2025年5月2日、厚生労働省は昭和60年12月19日に公表された「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(労働基準法研究会報告 以下、「ガイドライン」といいます)で定義されている労働者性概念が働き方の変化や多様化に対応できていないとして、労働者性判断基準のあり方の見直しを図るために有識者会議を設置しました。そこで、本コラムでは、まずは、ガイドラインに基づいてメディア業界では労働者性がどのように議論されてきたのかをおさらいしてみたいと思います。

 メディア業界では、フリーランスや業務委託、請負契約など多様な働き方が広がる中で、労働者性を巡る法的争いが頻発しています。労働者性の有無は、労働基準法や労働契約法、労働組合法などの適用範囲を左右し、労働者保護の根幹に関わる重要な論点です。まず、労働者性の判断は、労働基準法(労基法)、労働契約法(労契法)、労働組合法(労組法)でそれぞれ異なる定義が存在します。労基法・労契法では「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」とされ、労組法では「賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者」とより広く定義されています。したがって、同じ就労形態でも、労基法上は労働者と認められなくても、労組法上は労働者と認められる場合があります。

 他方、労基法上の労働者性は、契約の形式や名称にかかわらず、実態に即して「使用従属性」があるかどうかで判断されます。ガイドラインによれば、主な判断要素は以下の通りです。
●仕事の依頼や業務指示に対する諾否の自由の有無
 仕事の依頼や業務指示に対して、自由に断ることができるか。
●業務遂行上の指揮監督の有無
 業務の内容や遂行方法について、使用者から具体的な指示・監督を受けているか。
●勤務場所や勤務時間の拘束性
 場所の拘束性:勤務時間や場所が指定され、自由に選べないか。
●労務提供の代替性(他人による代替の可否)
 本人以外が業務を代行できるか。
●報酬の労務対償性(時間給・出来高払い等)
 報酬が労務提供の時間や内容に応じて支払われているか。

 これらの要素で判断が困難な場合には、自己の計算で事業を営んでいるか、特定の企業に専属的に従事しているかなどで判断する事業者性(機材・道具の負担、報酬の高額性)、専属性の程度なども補足的に考慮されます。

 そして、メディア業界では、フリーランスの記者、カメラマン、ディレクター、外部スタッフなど、雇用契約以外の形態で働く者が多く存在します。これらの者が労働者に該当するか否かは、実態として指揮命令関係があるか、業務の遂行に裁量があるか、報酬が労務の対価か成果報酬か、勤務時間や場所の拘束があるか、業務の代替性があるか等、個別具体的に判断されます。例えば、フリーランスであっても、実質的に特定のメディア企業の指揮監督下で働き、業務内容や勤務時間・場所が指定され、報酬が時間給や月給で支払われている場合には、労働者性が肯定される可能性があります。一方、業務の受託や遂行に自由があり、自己の裁量で仕事を選択でき、報酬も成果に応じて支払われる場合は、労働者性が否定されやすくなります。

 労組法上の判断になりますが、放送会社が請負会社の従業員に対し、作業日時・内容等を細かく決定していた場合、労組法上の「使用者」と認められ、団体交渉義務が生じるとされた古典的な判例もあります(朝日放送事件 最高裁平成7年2月28日判決)。また、広告会社のコピーライターが、実質的に使用従属関係下で労務を提供していたとして、労基法上の労働者性が肯定された裁判例もあります(ワイアクシス事件 東京地裁令和2年3月25日判決)。

 そして、労働者性が認められると、労基法・労契法・労災保険法等の適用を受け、解雇規制、残業代請求、社会保険加入義務など、各種労働者保護規定が及びます。逆に、労働者性が否定されると、これらの保護が及ばず、偽装請負や偽装委託と判断された場合には、行政指導や訴訟リスクが生じることもあります。

 近年、フリーランス保護の法整備やガイドラインの整備が進んでおり、メディア業界でもフリーランスの労働者性判断が注目されています。そして、上記労働者性判断基準のあり方の見直しについていえば、より労働者性を広く考える方向で進むと想定されますので、多種多様な働き方が多いメディア業界においては、ガイドラインや従前の判例・裁判例をおさえながらも、より厳しめの視点で契約書の名称や形式にとらわれず、実態に即した契約内容・業務運用を行い、紛争予防の観点からも、労働者性を巡るリスク管理が不可欠となっています。

2025年7月23日

執筆者:弁護士 室谷 光一郎