パロディは許されないのか?

 ある作品等を風刺するために、当該作品と類似した作品を制作することがあり、そのような作品をパロディと呼ぶことが多いです。パロディは社会批評にも通じるところがあり、民主主義と親和性が高いと言えます。ただ、パロディは、ある作品等に対するアンチテーゼ等を示すために創作されることも多くあり、どうしても当該作品等を想起させるような要素を有しています。というか、当該作品等を想起させるような要素がないと、当該作品等に対する風刺やアンチテーゼにならないので、想起要素は前提不可欠なものであるといっても良いかと思います。が、この想起要素があるということは、著作権侵害(翻案権侵害)のメルクマールとされている「表現物の本質的特徴を直接感得できるかどうか」という基準に通常は該当すると思われ、パロディは著作権侵害(翻案権侵害)に該当するとなりそうです。現に、パロディに関して言及したとされる最高裁昭和55年3月28日判決・モンタージュ写真事件では、「自己の著作物を創作するにあたり、他人の著作物を素材として利用することは勿論許されないことではないが、右他人の許諾なくして利用をすることが許されるのは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴をそれ自体として直接感得させないような態様においてこれを利用する場合に限られる」としており、パロディは許されないとしか思えない法的解釈状況です。

社会風刺創作は権利侵害に該当するのか?

 しかしながら、社会風刺のためには、当該作品等を想起させるような要素は必要であり、そのような社会風刺創作を権利侵害とするならば、民主主義の根幹たる表現の自由に対する制約になるようにも思われます。こうした考え方から、フランス、イギリスでは、もじり(パロディ)、模作(パスティーシュ)及び風刺画(カリカチュア)を目的とする公正な著作物利用は著作権侵害に該当しないとする規定があります。また、アメリカでは、そのような公正な利用目的のパロディは、フェア・ユース規定によって著作権侵害に該当しないと解釈できるようになっております。
 
 さてさて、わが国ではまだそのような規定はなく、ある表現物の本質的特徴を直接感得できるパロディは著作権侵害(翻案権侵害)に該当すると解釈せざるを得ない状況です。実際、上記しましたモンタージュ写真事件以降の数々の裁判例も上記基準を踏襲しております。ただし、パロディもOKと解釈できる裁判例もあり(東京高裁平成12年4月25日判決・脱ゴーマニズム宣言事件等)、批評、風刺等といった目的を主とするパロディであれば、著作権侵害に該当しない余地もありそうです。また、模倣する内容がスタイルや型やアイディアにとどまる場合は著作物性が認められないので((知財高裁平成17年6月14日判決/東京地裁平成16年12月24日判決・武蔵MUSASHI事件等)、そのような工夫をしたパロディ創作の余地もありそうです。
 
 パロディを正面から認めるのは難しいかもしれませんが、工夫の余地はありますので、この工夫(公正利用目的が前提ですが)を専門家と相談しながら創作するのもありかもです。

2022年10月24日

執筆者:弁護士 室谷 光一郎