「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(令和7年9月30日 公正取引委員会)について~芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社がおさえておくべきポイント~
1 はじめに
本年9月30日、公正取引委員会(以下「公取委」といいます)は、「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(以下「本指針」といいます)を公表しました。
(令和7年9月30日)「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」の公表について
本指針は、芸能・エンターテイメント業界における取引の透明性と公正性を高め、特に実演家等の弱い立場にある者の利益保護を目的としています。近年、芸能界における契約問題やハラスメント、移籍・独立に伴うトラブルなどが社会的な注目を集める中、本コラムでも色々とご紹介してきましたが、政府は独占禁止法及び優越的地位の濫用等の観点から、様々な考え方、報告書を出してきました。
そして、本指針は、芸能事務所、放送事業者、レコード会社などが、実演家等(俳優、歌手、タレント、モデル、お笑い芸人等)との取引において、その優越的な地位を利用して不当な要求や取引を行うことを、独占禁止法第2条第9項第5号が禁止する「優越的地位の濫用」に該当する可能性がある行為として例示・解説しています。本指針の特徴として挙げられることは、芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社ごとに、「取引の適正化のために参考となる行動例」及び「独占禁止法上の観点から問題となり得る行動例」を具体的に挙げられていることです。以下、その内容・ポイントをご紹介致します。
2 芸能事務所が採るべき行動について
(1)契約期間・競業避止について
まず、契約締結に際しては、専属契約の契約期間の明確化が求められています。あわせて、その内容についても十分に説明し、実演家と協議することが求められています。そして、実演家が芸能事務所提 示の期間より短い契約期間を求める場合には、芸能事務所が育成等のための投資費用を合理的な範囲で回収し、かつ、合理的な範囲で収益を確保するために必要な期間について、実演家に十分説明し、協議することが求められています。
また、期間延長請求権(芸能事務所からの請求により契約を更新できる権利)については、1回に限る等合理的な範囲で行使できるものとし、契約締結の段階(又は更新の段階)において、実演家に対して、その必要性や行使できる範囲も含め、十分に説明し、実演家と協議することが求めれています。また、期間延長請求権を行使する際は、金銭的補償による代替を検討した上で、合理的な範囲で育成等費用の未回収分を回収し、かつ、合理的な範囲で収益を確保するために必要な期間とし、その理由について実演家に対して十分に説明することが求められています。
次に、競業避止については、原則として、契約上、競業避止義務等を規定しないことが求められています。
(2)移籍・独立の妨害について
まず、実演家が退所する際に金銭的給付の要求を行うことがある場合には、あらかじめ契約上規定しておくことが望ましいとされ、考え方や算定方法等を契約上規定すること、また、その要求も必要かつ相当と認められる範囲に限るものとすること、そして、要求する金額の算定根拠を示すとともに、その必要性・相当性を十分に説明し、実演家と協議することが求められています。なお、金銭的給付の要求を行う場合は、実演家の移籍又は独立後の収入を考慮しサンセット条項とすることや、移籍先の事務所との間で合理的な範囲で金銭的給付について協議することも検討することが求められています。
次に、退所・移籍に際しては、円滑に移籍・独立できるよう、移籍後の活動に際して必要となる連絡先、留意事項等を移籍先の事務所に伝達するなど、適切に対応することや移籍・独立を妨害するような言動をしないことが求められています。なお、移籍・独立を妨害するような言動をしないこと、移籍・独立した実演家が、移籍・独立後に円滑に活動できるよう、活動を妨害するような言動をしないことも求められています。
そして、複数の芸能事務所が共同して、又は事業者団体において実演家の移籍を制限したり、移籍を希望する実演家との契約を拒絶したりせず、各芸能事務所の自主的な判断により実演家と契約することが求められています。
(3)実演家の権利・芸名について
まず、成果物に係る各種権利等の利用許諾については、合理的な理由がなければ、認めること、そして、許諾しない場合にはその理由について許諾を求めた者に十分説明することが求められています。
また、芸名又はグループ名に関する権利を芸能事務所に帰属させる場合には、あらかじめ契約上に明確に規定した上で、実演家に対して十分に説明し、実演家と協議すること、そして、合理的な理由がない限り芸名又はグループ名等の使用の制限を行わず、制限する場合においてもその制限の方法は合理的な範囲の使用料の支払等の代替的な手段も含めて合理的なものとし、その理由について実演家に十分に説明し、実演家と協議することが求められています。
(4)実演家の待遇・契約の透明性について
まず、報酬(二次使用料、SNSやファンクラブ運営、グッズ販売による収益等の配分を含む)の額・歩合の率、実演家が負担することとなる経費(報酬から控除する経費)等の条件について、できる限り契約上明記することが求められています。
また、業務の具体的内容について事前に実演家に提示し、その意向を確認すること、実演家本人が納得した場合に限り引き受けること、実演家の自由な選択を尊重することが求められています。
そして、契約を書面で行うこととあわせて契約内容を目的も含め十分に説明すること、契約更新時に、重要な契約内容について、実演家の意向を十分に確認することが求められています。また、放送事業者等の取引先からの依頼に対し、実演家が自身の判断により業務を選択できるよう、芸能事務所がその時点で知り得る実演等に係る取引内容の詳細を明らかにすることも求められています。
なお、報酬を歩合制にすることも多いのが実務ですが、その場合、① 実演家の業務ごと(芸能事務所と取引先との契約ごと)の契約金額の総額、② ①のうち芸能事務所及び実演家それぞれへの分配額又は比率、③ ②の実演家への報酬額から差し引く費用等がある場合は、その項目及び金額について、明示することも求められています。
3 放送事業者等が採るべき行動について
業務依頼時に、可能な限り具体的な契約条件(報酬の金額や支払条件、業務内容、拘束期間など)を書面等(メールや電子ファイル等を含む。)で示すこと、契約条件(報酬の金額や支払条件、業務内容、拘束期間など)等について、芸能事務所・実演家からの意見を確認し、十分に説明し、協議することが求められています。
4 レコード会社が採るべき行動について
まず、契約終了後に一定期間の実演の収録を禁止する実演収録禁止条項を定める目的についての必要性・相当性を実演家などに十分に説明し、協議すること、また、必要性があったとしても禁止する対象や期間を、当該目的のために必要かつ相当な範囲に限定することが求められています。
また、再録禁止条項について、合理的な範囲での投資の回収や合理的な範囲での収益の確保という目的のために必要な楽曲についてのみ再録禁止条項の対象とし、当該目的のために必要かつ相当な期間を設定すること、楽曲のリリース後の合理的な範囲での投資の回収や合理的な範囲での収益の確保という目的のために必要かつ相当な範囲に限定することが求められています。
5 まとめ
本指針では、「内閣官房及び公正取引委員会は、関係府省庁・関係事業者団体等の協力を得て、本指針の周知を徹底する。」「公正取引委員会は、芸能事務所等が本指針に記載の採るべき行動に沿わないような行為をすることにより、公正な競争を阻害するおそれがある等の場合には、独占禁止法等に基づき厳正に対処していく。」とまで述べて、実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引関係について、強く踏み込む姿勢を示しています。また、上記したとおり、かなり具体的かつ詳細な「採るべき行動」を挙げるなど、その並々ならぬ姿勢を感じ取ることが出来ます。今後は公正取引委員会による業界調査や立入検査が強化される可能性が十分に予想されます。
本指針は、これまでの芸能界の慣行に一石を投じ、実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社とが対等なパートナーシップを築くことを強く促すものですので、もはや、かかる公正な取引が出来ない事業者は淘汰されていく時代になりつつあると思われます。そこで、事業者及び業界としては抜本的な態勢構築が求められています。
本年9月30日、公正取引委員会(以下「公取委」といいます)は、「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(以下「本指針」といいます)を公表しました。
(令和7年9月30日)「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」の公表について
本指針は、芸能・エンターテイメント業界における取引の透明性と公正性を高め、特に実演家等の弱い立場にある者の利益保護を目的としています。近年、芸能界における契約問題やハラスメント、移籍・独立に伴うトラブルなどが社会的な注目を集める中、本コラムでも色々とご紹介してきましたが、政府は独占禁止法及び優越的地位の濫用等の観点から、様々な考え方、報告書を出してきました。
そして、本指針は、芸能事務所、放送事業者、レコード会社などが、実演家等(俳優、歌手、タレント、モデル、お笑い芸人等)との取引において、その優越的な地位を利用して不当な要求や取引を行うことを、独占禁止法第2条第9項第5号が禁止する「優越的地位の濫用」に該当する可能性がある行為として例示・解説しています。本指針の特徴として挙げられることは、芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社ごとに、「取引の適正化のために参考となる行動例」及び「独占禁止法上の観点から問題となり得る行動例」を具体的に挙げられていることです。以下、その内容・ポイントをご紹介致します。
2 芸能事務所が採るべき行動について
(1)契約期間・競業避止について
まず、契約締結に際しては、専属契約の契約期間の明確化が求められています。あわせて、その内容についても十分に説明し、実演家と協議することが求められています。そして、実演家が芸能事務所提 示の期間より短い契約期間を求める場合には、芸能事務所が育成等のための投資費用を合理的な範囲で回収し、かつ、合理的な範囲で収益を確保するために必要な期間について、実演家に十分説明し、協議することが求められています。
また、期間延長請求権(芸能事務所からの請求により契約を更新できる権利)については、1回に限る等合理的な範囲で行使できるものとし、契約締結の段階(又は更新の段階)において、実演家に対して、その必要性や行使できる範囲も含め、十分に説明し、実演家と協議することが求めれています。また、期間延長請求権を行使する際は、金銭的補償による代替を検討した上で、合理的な範囲で育成等費用の未回収分を回収し、かつ、合理的な範囲で収益を確保するために必要な期間とし、その理由について実演家に対して十分に説明することが求められています。
次に、競業避止については、原則として、契約上、競業避止義務等を規定しないことが求められています。
(2)移籍・独立の妨害について
まず、実演家が退所する際に金銭的給付の要求を行うことがある場合には、あらかじめ契約上規定しておくことが望ましいとされ、考え方や算定方法等を契約上規定すること、また、その要求も必要かつ相当と認められる範囲に限るものとすること、そして、要求する金額の算定根拠を示すとともに、その必要性・相当性を十分に説明し、実演家と協議することが求められています。なお、金銭的給付の要求を行う場合は、実演家の移籍又は独立後の収入を考慮しサンセット条項とすることや、移籍先の事務所との間で合理的な範囲で金銭的給付について協議することも検討することが求められています。
次に、退所・移籍に際しては、円滑に移籍・独立できるよう、移籍後の活動に際して必要となる連絡先、留意事項等を移籍先の事務所に伝達するなど、適切に対応することや移籍・独立を妨害するような言動をしないことが求められています。なお、移籍・独立を妨害するような言動をしないこと、移籍・独立した実演家が、移籍・独立後に円滑に活動できるよう、活動を妨害するような言動をしないことも求められています。
そして、複数の芸能事務所が共同して、又は事業者団体において実演家の移籍を制限したり、移籍を希望する実演家との契約を拒絶したりせず、各芸能事務所の自主的な判断により実演家と契約することが求められています。
(3)実演家の権利・芸名について
まず、成果物に係る各種権利等の利用許諾については、合理的な理由がなければ、認めること、そして、許諾しない場合にはその理由について許諾を求めた者に十分説明することが求められています。
また、芸名又はグループ名に関する権利を芸能事務所に帰属させる場合には、あらかじめ契約上に明確に規定した上で、実演家に対して十分に説明し、実演家と協議すること、そして、合理的な理由がない限り芸名又はグループ名等の使用の制限を行わず、制限する場合においてもその制限の方法は合理的な範囲の使用料の支払等の代替的な手段も含めて合理的なものとし、その理由について実演家に十分に説明し、実演家と協議することが求められています。
(4)実演家の待遇・契約の透明性について
まず、報酬(二次使用料、SNSやファンクラブ運営、グッズ販売による収益等の配分を含む)の額・歩合の率、実演家が負担することとなる経費(報酬から控除する経費)等の条件について、できる限り契約上明記することが求められています。
また、業務の具体的内容について事前に実演家に提示し、その意向を確認すること、実演家本人が納得した場合に限り引き受けること、実演家の自由な選択を尊重することが求められています。
そして、契約を書面で行うこととあわせて契約内容を目的も含め十分に説明すること、契約更新時に、重要な契約内容について、実演家の意向を十分に確認することが求められています。また、放送事業者等の取引先からの依頼に対し、実演家が自身の判断により業務を選択できるよう、芸能事務所がその時点で知り得る実演等に係る取引内容の詳細を明らかにすることも求められています。
なお、報酬を歩合制にすることも多いのが実務ですが、その場合、① 実演家の業務ごと(芸能事務所と取引先との契約ごと)の契約金額の総額、② ①のうち芸能事務所及び実演家それぞれへの分配額又は比率、③ ②の実演家への報酬額から差し引く費用等がある場合は、その項目及び金額について、明示することも求められています。
3 放送事業者等が採るべき行動について
業務依頼時に、可能な限り具体的な契約条件(報酬の金額や支払条件、業務内容、拘束期間など)を書面等(メールや電子ファイル等を含む。)で示すこと、契約条件(報酬の金額や支払条件、業務内容、拘束期間など)等について、芸能事務所・実演家からの意見を確認し、十分に説明し、協議することが求められています。
4 レコード会社が採るべき行動について
まず、契約終了後に一定期間の実演の収録を禁止する実演収録禁止条項を定める目的についての必要性・相当性を実演家などに十分に説明し、協議すること、また、必要性があったとしても禁止する対象や期間を、当該目的のために必要かつ相当な範囲に限定することが求められています。
また、再録禁止条項について、合理的な範囲での投資の回収や合理的な範囲での収益の確保という目的のために必要な楽曲についてのみ再録禁止条項の対象とし、当該目的のために必要かつ相当な期間を設定すること、楽曲のリリース後の合理的な範囲での投資の回収や合理的な範囲での収益の確保という目的のために必要かつ相当な範囲に限定することが求められています。
5 まとめ
本指針では、「内閣官房及び公正取引委員会は、関係府省庁・関係事業者団体等の協力を得て、本指針の周知を徹底する。」「公正取引委員会は、芸能事務所等が本指針に記載の採るべき行動に沿わないような行為をすることにより、公正な競争を阻害するおそれがある等の場合には、独占禁止法等に基づき厳正に対処していく。」とまで述べて、実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引関係について、強く踏み込む姿勢を示しています。また、上記したとおり、かなり具体的かつ詳細な「採るべき行動」を挙げるなど、その並々ならぬ姿勢を感じ取ることが出来ます。今後は公正取引委員会による業界調査や立入検査が強化される可能性が十分に予想されます。
本指針は、これまでの芸能界の慣行に一石を投じ、実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社とが対等なパートナーシップを築くことを強く促すものですので、もはや、かかる公正な取引が出来ない事業者は淘汰されていく時代になりつつあると思われます。そこで、事業者及び業界としては抜本的な態勢構築が求められています。