「レコード演奏・伝達権」の創設に向けて:商業BGMの二次利用における権利保護の現状と課題
1 はじめに
商業施設等においてBGMとして市販のレコード(音源)が利用されることは一般的であるにもかかわらず、その二次利用から生じる利益が、レコード製作者および実演家に対して適切に還元されていないという法的課題が存在します。
本コラムでは、この長年にわたる課題を解決し、日本の音楽産業の持続的発展に寄与するものとして期待される「レコード演奏・伝達権」の創設について、最新の政府動向を解説します。
2 商業用BGMの二次利用における権利上の課題
音楽に関する権利は、作詞家・作曲家が有する「著作権」と、実演家およびレコード製作者が有する「著作隣接権」に大別されます。現行の著作権法下では、商業施設等がBGMとして音楽を利用する際、著作権者に対しては「演奏権」に基づき使用料が支払われます。
しかしながら、著作隣接権者である実演家およびレコード製作者には、当該利用形態に対する報酬請求権が付与されておらず、利益還元の機会が法的に保障されていません。この権利上の不均衡は、音楽産業における構造的な問題として長らく指摘されてきました。
3 権利創設の喫緊性:国際標準との乖離
レコード製作者等に対する演奏・伝達権の付与は、国際的には標準的な法制度であり、WIPO(世界知的所有権機関)の関連条約においても認められています。事実、OECD加盟38か国中36か国を含む世界142の国・地域で既に導入されています。日本における同権利の不存在は、国際的な潮流からの著しい乖離を意味し、実質的な不利益を生じさせています。
具体的には、多くの国で採用されている「相互主義」が大きな障壁となっています。これは、「自国の権利者の権利を認めてくれる国の権利者に限り、同様の権利保護を与える」という国際的な原則です。例えば、海外のカフェで日本の楽曲がBGMとして使用されても、日本の法律に同様の権利が存在しないため、相互主義に基づき、海外の管理団体から日本のレコード製作者や実演家に使用料が分配されません。
この利益逸失は、日本の音楽コンテンツの国際競争力を阻害する深刻な要因となっています。
4 法制化に向けた大きな進展:令和8年1月報告書(素案)の公表
このような状況を背景に、令和8年1月、本権利の創設は大きな転換点を迎えました。令和8年1月9日に開催された文化審議会著作権分科会政策小委員会(第4回)において、「文化審議会著作権分科会政策小委員会報告書(素案)」が提出されました。
本件は、日EU・日英EPA(経済連携協定)における合意や、「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太の方針2025)での「レコード製作者等への対価還元を可能とするため、関係省庁が連携し、法制度の見直しを検討し、結論を得る」との明記を受け、DX時代におけるクリエイターへの適切な対価還元策の目玉として位置付けられています。
提出された資料および報告書(素案)に基づく主なポイントは、以下のとおりです。
(1)制度の具体化と法的構成
レコード製作者および実演家に対し、商業施設等でのBGM利用等に対する新たな権利(演奏権・伝達権)を付与する方向性が示されました。具体的には、現行法で著作権者に認められている「演奏権」および「上映権(伝達権を含む)」と同様の保護を、隣接権者にも拡張する検討がなされています。
(2)指定団体による運用
新制度では、国が著作隣接権の管理業務を行う団体を指定し、そこを通じて使用料の徴収・分配を行う仕組みが想定されています。現在、著作権者へのBGM使用料はJASRAC等が店舗面積等に応じて徴収していますが、新制度も同様の効率的な運用が期待されます。
(3)今後のスケジュール
文化庁は、パブリックコメントを経て報告書を確定させた後、令和8年1月23日召集予定の通常国会へ著作権法改正案を提出する方針です。これにより、長年議論の先送りとされてきた課題がいよいよ法制化へと動き出すと見られます。【関連資料】
5 権利創設がもたらす効果と今後の展望
「レコード演奏・伝達権」の創設は、レコード製作者および実演家に対する正当な利益還元を実現するものであり、その効果は多岐にわたると期待されます。
(1) 実演家への対価還元と創作環境の安定化
創作者たる実演家に対し、二次利用からの収益が分配されることで、その経済的基盤が強化されます。これにより、実演家はより安定した環境下で創作活動に専念することが可能となり、音楽文化の質の向上に直接的に寄与することにつながります。
特に近年、Spotify等の配信サービスで日本楽曲の海外再生数が急増しており、こうした人気が直接的な収益に反映される環境整備が急務です。
(2)音楽産業への再投資による創造のサイクルの活性化
レコード製作者は、得られた収益を新たな才能の発掘・育成や、多様なジャンル・実験的な試みを含む音楽コンテンツの制作に再投資することが可能となります。これは、短期的な商業的成功のみにとらわれない、より豊かで厚みのある音楽文化を育む土壌となり、産業全体の持続的な発展を促進することにつながります。
(3)国際競争力の向上の外貨獲得
これまで逸失していた海外からの使用料収入が確保されることで、日本の音楽コンテンツの国際展開を強力に後押することにつながります。具体的には、得られた収益を海外でのプロモーション活動、アーティストの国際ツアー、海外クリエイターとの共同制作などに再投資することが可能となり、世界市場で競争するための経済的基盤が強化されることになります。
この点、文化庁の試算によれば、本権利が導入されていれば2022年時点で約24億円の海外収入が得られていたとされ、市場拡大とシェア向上により2034年には139億円に達すると見込まれています。政府が掲げる「2033年にコンテンツ産業の海外売上高20兆円」という目標達成に向け、本権利の創設は不可欠な成長戦略の一環といえます。
6 結論
令和8年1月の報告書(素案)の提出、そして通常国会への法案提出方針の決定により、「レコード演奏・伝達権」の創設化に向けた動きが本格的に始まりました。海外の事例も参考にしつつ、国内の利用者の負担感にも配慮した適切な制度設計が求められています。
文化審議会での議論が示すとおり、これは日本の著作権制度を国際標準へと引き上げ、次世代のクリエイターを守り、日本のコンテンツを世界の基幹産業へと押し上げるための不可欠な一歩となるものです。
商業施設等においてBGMとして市販のレコード(音源)が利用されることは一般的であるにもかかわらず、その二次利用から生じる利益が、レコード製作者および実演家に対して適切に還元されていないという法的課題が存在します。
本コラムでは、この長年にわたる課題を解決し、日本の音楽産業の持続的発展に寄与するものとして期待される「レコード演奏・伝達権」の創設について、最新の政府動向を解説します。
2 商業用BGMの二次利用における権利上の課題
音楽に関する権利は、作詞家・作曲家が有する「著作権」と、実演家およびレコード製作者が有する「著作隣接権」に大別されます。現行の著作権法下では、商業施設等がBGMとして音楽を利用する際、著作権者に対しては「演奏権」に基づき使用料が支払われます。
しかしながら、著作隣接権者である実演家およびレコード製作者には、当該利用形態に対する報酬請求権が付与されておらず、利益還元の機会が法的に保障されていません。この権利上の不均衡は、音楽産業における構造的な問題として長らく指摘されてきました。
3 権利創設の喫緊性:国際標準との乖離
レコード製作者等に対する演奏・伝達権の付与は、国際的には標準的な法制度であり、WIPO(世界知的所有権機関)の関連条約においても認められています。事実、OECD加盟38か国中36か国を含む世界142の国・地域で既に導入されています。日本における同権利の不存在は、国際的な潮流からの著しい乖離を意味し、実質的な不利益を生じさせています。
具体的には、多くの国で採用されている「相互主義」が大きな障壁となっています。これは、「自国の権利者の権利を認めてくれる国の権利者に限り、同様の権利保護を与える」という国際的な原則です。例えば、海外のカフェで日本の楽曲がBGMとして使用されても、日本の法律に同様の権利が存在しないため、相互主義に基づき、海外の管理団体から日本のレコード製作者や実演家に使用料が分配されません。
この利益逸失は、日本の音楽コンテンツの国際競争力を阻害する深刻な要因となっています。
4 法制化に向けた大きな進展:令和8年1月報告書(素案)の公表
このような状況を背景に、令和8年1月、本権利の創設は大きな転換点を迎えました。令和8年1月9日に開催された文化審議会著作権分科会政策小委員会(第4回)において、「文化審議会著作権分科会政策小委員会報告書(素案)」が提出されました。
本件は、日EU・日英EPA(経済連携協定)における合意や、「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太の方針2025)での「レコード製作者等への対価還元を可能とするため、関係省庁が連携し、法制度の見直しを検討し、結論を得る」との明記を受け、DX時代におけるクリエイターへの適切な対価還元策の目玉として位置付けられています。
提出された資料および報告書(素案)に基づく主なポイントは、以下のとおりです。
(1)制度の具体化と法的構成
レコード製作者および実演家に対し、商業施設等でのBGM利用等に対する新たな権利(演奏権・伝達権)を付与する方向性が示されました。具体的には、現行法で著作権者に認められている「演奏権」および「上映権(伝達権を含む)」と同様の保護を、隣接権者にも拡張する検討がなされています。
(2)指定団体による運用
新制度では、国が著作隣接権の管理業務を行う団体を指定し、そこを通じて使用料の徴収・分配を行う仕組みが想定されています。現在、著作権者へのBGM使用料はJASRAC等が店舗面積等に応じて徴収していますが、新制度も同様の効率的な運用が期待されます。
(3)今後のスケジュール
文化庁は、パブリックコメントを経て報告書を確定させた後、令和8年1月23日召集予定の通常国会へ著作権法改正案を提出する方針です。これにより、長年議論の先送りとされてきた課題がいよいよ法制化へと動き出すと見られます。【関連資料】
5 権利創設がもたらす効果と今後の展望
「レコード演奏・伝達権」の創設は、レコード製作者および実演家に対する正当な利益還元を実現するものであり、その効果は多岐にわたると期待されます。
(1) 実演家への対価還元と創作環境の安定化
創作者たる実演家に対し、二次利用からの収益が分配されることで、その経済的基盤が強化されます。これにより、実演家はより安定した環境下で創作活動に専念することが可能となり、音楽文化の質の向上に直接的に寄与することにつながります。
特に近年、Spotify等の配信サービスで日本楽曲の海外再生数が急増しており、こうした人気が直接的な収益に反映される環境整備が急務です。
(2)音楽産業への再投資による創造のサイクルの活性化
レコード製作者は、得られた収益を新たな才能の発掘・育成や、多様なジャンル・実験的な試みを含む音楽コンテンツの制作に再投資することが可能となります。これは、短期的な商業的成功のみにとらわれない、より豊かで厚みのある音楽文化を育む土壌となり、産業全体の持続的な発展を促進することにつながります。
(3)国際競争力の向上の外貨獲得
これまで逸失していた海外からの使用料収入が確保されることで、日本の音楽コンテンツの国際展開を強力に後押することにつながります。具体的には、得られた収益を海外でのプロモーション活動、アーティストの国際ツアー、海外クリエイターとの共同制作などに再投資することが可能となり、世界市場で競争するための経済的基盤が強化されることになります。
この点、文化庁の試算によれば、本権利が導入されていれば2022年時点で約24億円の海外収入が得られていたとされ、市場拡大とシェア向上により2034年には139億円に達すると見込まれています。政府が掲げる「2033年にコンテンツ産業の海外売上高20兆円」という目標達成に向け、本権利の創設は不可欠な成長戦略の一環といえます。
6 結論
令和8年1月の報告書(素案)の提出、そして通常国会への法案提出方針の決定により、「レコード演奏・伝達権」の創設化に向けた動きが本格的に始まりました。海外の事例も参考にしつつ、国内の利用者の負担感にも配慮した適切な制度設計が求められています。
文化審議会での議論が示すとおり、これは日本の著作権制度を国際標準へと引き上げ、次世代のクリエイターを守り、日本のコンテンツを世界の基幹産業へと押し上げるための不可欠な一歩となるものです。
執筆者:弁護士 梅川 颯太