囲碁将棋チャンネル事件控訴審判決について
1 はじめに
本年1月30日、大阪高裁において、将棋の棋譜を利用した動画の配信者が、対局中継を有料で配信する事業者「囲碁将棋チャンネル」に対し差止めや損害賠償等を求める訴訟の控訴審判決が出されました。
2 事案の概要
被控訴人(原告)は将棋ユーチューバーで、控訴人(被告)が配信する対局中継番組からその対局の棋譜情報を得て、YouTubeやツイキャスで被控訴人が用意した将棋盤面に対局者の指し手を再現しながら視聴者とコメントでコミュニケーションを行う内容等の動画を配信していました。控訴人は、被控訴人の動画について著作権侵害を理由としてYouTubeを運営するGoogle等に対し動画削除申請を行い、被控訴人の動画の配信は停止されました。
被控訴人は、控訴人がGoogle等に対して被控訴人が著作権侵害行為を行っているという内容の通知をした行為が、不正競争防止法に規定される信用棄損行為(不正競争防止法2条1項21号)や不法行為(民法709条)に該当すると主張し、差止めや損害賠償等を求めて訴訟を提起ました。
3 原審(第一審)の判断
第一審は、被告は原告の動画が著作権を侵害するものではないことを認識しながらGoogle等に対し削除申請を行ったことについて、「虚偽の事実の告知」に当たると述べ、被告が行った削除申請が信用棄損行為にあたると判断し、原告の請求を一部認容しました。
他方、被告は、原告の行為は被告が有償で配信した棋譜情報をフリーライドで利用するもので不法行為にあたると主張していましたが、これについて裁判所は、棋譜情報は公表された客観的事実で原則として自由利用の範疇に属する情報であること、棋譜の利用権等を王将戦主催者が独占することが規定されている「王将戦における棋譜利用ガイドライン」は王将戦主催者が一方的に定めたものであって原告に対する法的拘束力がないこと、原告の動画は被告の著作権を侵害するものではないことなどから、原告の行為が不法行為を構成すると認めるに足りる事情はないと判断しました。
4 控訴審の判断
これに対し、控訴審では、被控訴人(原告)の配信行為は不法行為であって、被控訴人には不競法で保護されるべき「営業上の利益」も「営業上の信用」も存在しないことから、控訴人(被告)が行った削除申請は信用毀損行為や不法行為にあたらないと判断し、被控訴人の請求を棄却する逆転判決を出しました。
(1)棋戦のビジネスモデルの特徴
判決では、被告の不法行為の前提として将棋の棋戦のビジネスモデルの特徴が指摘されています。
棋戦を主催する日本将棋連盟は、棋戦を放送・配信する権利を許諾することで収益を上げて、棋戦の開催・運営費用を賄っている一方、許諾を受けた放送配信事業者は、棋戦を有償で配信することで、許諾を受けるために負担した協賛金や契約金を回収した上で利益を上げるという仕組みになっています。
このようなビジネスモデルが採用されている理由としては、将棋はスポーツのように大きな会場を用意して観客から入場料を徴収して開催・運営費用を賄う方法を採ることができないので、会場を用意する主催者として物理的に独占できるリアルタイムの棋譜情報を放送配信事業者を介して将棋ファンに提供することで、放送配信事業者を介して将棋ファンから対価を徴収する方法を採っているものと考えられるとされています。
(2)被控訴人の配信行為が与える影響
このような将棋のビジネスモデルの特徴を踏まえ、判決では、被控訴人の配信行為は控訴人に損害を生じさせるうえ、将棋のビジネスモデルを阻害しうるものであると述べられています。
具体的には、被控訴人の動画配信は、控訴人の有料配信で得たリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対して無料で提供するもので、将棋ファンからすれば、被控訴人の動画を視聴すれば無料でリアルタイムの棋譜情報が得られるので、対価を支払ってまで控訴人の配信を見ようとしなくなると指摘されています。
その上で、被控訴人の動画配信は、控訴人の有料配信を視聴する将棋ファンを減少させて被控訴人に直接損害を生じさせるものであり、また、このような行為が多数繰り返されれば、日本将棋連盟がよって立つビジネスモデルが阻害され、現状の規模での棋戦を存続させることを危うくしかねないとも述べられています。
(3)被控訴人の認識
さらに、被控訴人の認識について、被控訴人は控訴人の有料配信を視聴していたので無料で動画配信をすれば控訴人に損害を与えることも認識していたし、その上、被控訴人が将棋のビジネスモデルを批判し、そのビジネスモデルが崩壊してもやむを得ないような主張をしていることから、このビジネスモデルに組み込まれた控訴人を害する目的があったともうかがわれると述べられています。
(4)不法行為該当性
以上のことを踏まえ、被控訴人は一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得して自身の配信で利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、控訴人に対して故意に損害を与えており、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成すると結論付けられています。
5 まとめ
本件では、被控訴人の動画配信が著作権侵害行為にあたらないことについては争いがありませんでした。著作権侵害にあたらない行為の不法行為該当性については、「(著作権)法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当」(北朝鮮映画事件最高裁判決 最一小判平成23年12月8日)とされており、認められるハードルが高いと言われています。その意味で、不法行為の成立を認めた今回の控訴審判決は注目度が高いものです。控訴審判決では、被控訴人の動画配信は控訴人に損害を与えるのみならず将棋のビジネスモデルを阻害するおそれまであることなどから「特段の事情」があると判断されたものと思われます。
本年1月30日、大阪高裁において、将棋の棋譜を利用した動画の配信者が、対局中継を有料で配信する事業者「囲碁将棋チャンネル」に対し差止めや損害賠償等を求める訴訟の控訴審判決が出されました。
2 事案の概要
被控訴人(原告)は将棋ユーチューバーで、控訴人(被告)が配信する対局中継番組からその対局の棋譜情報を得て、YouTubeやツイキャスで被控訴人が用意した将棋盤面に対局者の指し手を再現しながら視聴者とコメントでコミュニケーションを行う内容等の動画を配信していました。控訴人は、被控訴人の動画について著作権侵害を理由としてYouTubeを運営するGoogle等に対し動画削除申請を行い、被控訴人の動画の配信は停止されました。
被控訴人は、控訴人がGoogle等に対して被控訴人が著作権侵害行為を行っているという内容の通知をした行為が、不正競争防止法に規定される信用棄損行為(不正競争防止法2条1項21号)や不法行為(民法709条)に該当すると主張し、差止めや損害賠償等を求めて訴訟を提起ました。
3 原審(第一審)の判断
第一審は、被告は原告の動画が著作権を侵害するものではないことを認識しながらGoogle等に対し削除申請を行ったことについて、「虚偽の事実の告知」に当たると述べ、被告が行った削除申請が信用棄損行為にあたると判断し、原告の請求を一部認容しました。
他方、被告は、原告の行為は被告が有償で配信した棋譜情報をフリーライドで利用するもので不法行為にあたると主張していましたが、これについて裁判所は、棋譜情報は公表された客観的事実で原則として自由利用の範疇に属する情報であること、棋譜の利用権等を王将戦主催者が独占することが規定されている「王将戦における棋譜利用ガイドライン」は王将戦主催者が一方的に定めたものであって原告に対する法的拘束力がないこと、原告の動画は被告の著作権を侵害するものではないことなどから、原告の行為が不法行為を構成すると認めるに足りる事情はないと判断しました。
4 控訴審の判断
これに対し、控訴審では、被控訴人(原告)の配信行為は不法行為であって、被控訴人には不競法で保護されるべき「営業上の利益」も「営業上の信用」も存在しないことから、控訴人(被告)が行った削除申請は信用毀損行為や不法行為にあたらないと判断し、被控訴人の請求を棄却する逆転判決を出しました。
(1)棋戦のビジネスモデルの特徴
判決では、被告の不法行為の前提として将棋の棋戦のビジネスモデルの特徴が指摘されています。
棋戦を主催する日本将棋連盟は、棋戦を放送・配信する権利を許諾することで収益を上げて、棋戦の開催・運営費用を賄っている一方、許諾を受けた放送配信事業者は、棋戦を有償で配信することで、許諾を受けるために負担した協賛金や契約金を回収した上で利益を上げるという仕組みになっています。
このようなビジネスモデルが採用されている理由としては、将棋はスポーツのように大きな会場を用意して観客から入場料を徴収して開催・運営費用を賄う方法を採ることができないので、会場を用意する主催者として物理的に独占できるリアルタイムの棋譜情報を放送配信事業者を介して将棋ファンに提供することで、放送配信事業者を介して将棋ファンから対価を徴収する方法を採っているものと考えられるとされています。
(2)被控訴人の配信行為が与える影響
このような将棋のビジネスモデルの特徴を踏まえ、判決では、被控訴人の配信行為は控訴人に損害を生じさせるうえ、将棋のビジネスモデルを阻害しうるものであると述べられています。
具体的には、被控訴人の動画配信は、控訴人の有料配信で得たリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対して無料で提供するもので、将棋ファンからすれば、被控訴人の動画を視聴すれば無料でリアルタイムの棋譜情報が得られるので、対価を支払ってまで控訴人の配信を見ようとしなくなると指摘されています。
その上で、被控訴人の動画配信は、控訴人の有料配信を視聴する将棋ファンを減少させて被控訴人に直接損害を生じさせるものであり、また、このような行為が多数繰り返されれば、日本将棋連盟がよって立つビジネスモデルが阻害され、現状の規模での棋戦を存続させることを危うくしかねないとも述べられています。
(3)被控訴人の認識
さらに、被控訴人の認識について、被控訴人は控訴人の有料配信を視聴していたので無料で動画配信をすれば控訴人に損害を与えることも認識していたし、その上、被控訴人が将棋のビジネスモデルを批判し、そのビジネスモデルが崩壊してもやむを得ないような主張をしていることから、このビジネスモデルに組み込まれた控訴人を害する目的があったともうかがわれると述べられています。
(4)不法行為該当性
以上のことを踏まえ、被控訴人は一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得して自身の配信で利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、控訴人に対して故意に損害を与えており、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成すると結論付けられています。
5 まとめ
本件では、被控訴人の動画配信が著作権侵害行為にあたらないことについては争いがありませんでした。著作権侵害にあたらない行為の不法行為該当性については、「(著作権)法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当」(北朝鮮映画事件最高裁判決 最一小判平成23年12月8日)とされており、認められるハードルが高いと言われています。その意味で、不法行為の成立を認めた今回の控訴審判決は注目度が高いものです。控訴審判決では、被控訴人の動画配信は控訴人に損害を与えるのみならず将棋のビジネスモデルを阻害するおそれまであることなどから「特段の事情」があると判断されたものと思われます。